ペーター・ベーレンスの新古典主義を脳科学から見直す

  脳科学によると、脳のある場所で「輪郭」を認識しているようだ。

 ヴィンケルマンの言う「輪郭」が思い出される。輪郭はデッサンで重要なものである。ヴィンケルマンはギリシャ彫刻にそれを見た。白い大理石の彫刻はモノトーンの世界である。輪郭はモノトーンの世界でこそ力を発揮する。色彩を認識するスポットと輪郭を認識するスポットは異なる。

 ヴィンケルマンは色彩の世界を無視し、モノトーンの世界で論じた。彼には色彩を認識するスポットがひ弱だったのだろうか。あるいは色彩認識スポットないし活動を活性化させないという前頭前野からの司令があったのか。新古典主義はそのような脳の構えの上に成り立っている。

 ベーレンスはなぜアール・ヌーヴォーの画家から新古典主義の建築家に転じたのか。自由曲線の輪郭と色彩豊かな表現の世界から、モノトーンで厳格な水平・垂直線の構成に転じたのか。謎と思ってきた。あえて自由を捨てて規律に没入するのである。脳科学の新しい理論がそれに答えを与えてくれそうである。エリック・カンデルの「還元主義(リダクショニズム)」の論がかかわりそうである。

 後頭葉にある視覚野は多様な形態認識の部位に分かれているそうだ。境界線を認識する部位もあれば、色彩は3原色の認識が別の部位でなされている。カンデルは19世紀末から20世紀初頭における印象派、表現派、立体派等の近代運動の絵画を、そのような脳の各部位との対応で、要素に還元するという行為をなしていたのだと唱えている。この時期のモダニズムの運動は、写真技術に追われた画家たちが開拓した新しい表現世界だったという。

 ベーレンスの転向を同様に理解すれば、納得できる。様式建築からアール・ヌーヴォーへ、そして新古典主義的な還元を経て、さらに表現主義へ、あるいは機能主義へという彼の道行きは、この論理を使って解き明かせるか。カンデルはクリムトのセセッション運動を分析しているが、この論はヨーロッパ規模のアール・ヌーヴォー運動に敷衍できそうであり、ベーレンスの解釈につなげうる。そうであれば、矩形の輪郭を際立たせ、色彩を排した白黒の建築形態を用いるインターナショナル・スタイルへと至る機能主義の流れも、脳における要素還元主義の成果と見ることができるか。機能主義とは、働きを重視することから形が中性化、単純化したと理解されてきたが、まずは形態上の還元主義があり、その上に働きがあったのだと捉え直すこともできそうである。

 モダニズムの建築史を脳科学の視点から整理し直す必要が出てきた。