音楽の脳科学から

 シュテファン・ケルシュ著『音楽と脳科学ー音楽の脳内過程の理解をめざして』というタイトルに惹かれて、ざっと読んでみた。もっとも、現代は"Brain & Music"とシンプルだ。マックス・プランク研究所で音楽心理学の研究を経てきていて、柔な脳科学書ではない専門書だった。そもそも音楽に疎い私には基本用語から手探り。むずかしいので、わかりそうなところだけ飛ばし読み。ただ、その筋の学生には勉強になりそうで、体系だっている。

 収穫は、音楽芸術(ここでは西洋音楽)は言語芸術とパラレルであり、脳内でもウェルニケ野が絡んでいるということ。音韻論から統語論、意味論、さらには運動、情動との関わりが脳との関連で説明される。ただ、「まだ研究されていない」といった言葉がしばしば挟まれていて、学問的には発展途上で、わからないことの方が多そうだ。

 読みつつ、断片的に理解しながら、建築への応用が可能かどうかを考えていた。同様に、建築芸術を言語芸術に比べられないか。ウィットカウワーがパラディオの建築作品を音楽の数理から論じている。楽譜、音階に建築設計上の文法のようなものを対照させるのである。「建築は凍れる音楽」という言葉もあるが、どこかで通底している。ただし、それは古典主義という人文主義的な設計方法の範囲でである。

 またしてもベーレンスが浮かんだ。なぜアール・ヌーヴォーの画家は古典主義へと転向したのか。崩壊した、あるいは爛熟しすぎたパラダイムからの脱出を図るには、一旦、世界を無化し、白紙化、更地化しなければならなかった。そこに新しい五線譜が引かれなければならなかった。だから、形式としての古典主義の文法がとりあえずは役に立った。彼はまず、オランダの神智学が試みていた幾何学に惹かれ、幾何学のグラフィック・デザインに傾斜する。建築物に応用する際には、いまだ抽象形態だけでは世間が納得しないから、古典主義の装飾文法を借りてきた。だから初期ルネサンスと同様、幾何学形態があちこちで露出した。次世代のグロピウスやミースは、ベーレンス越えで脱古典主義様式を図ったようにみえるが、ベーレンス自身、すでに抽象思考だった。

 これは言語芸術として建築芸術を再建する試みだったと見てもよいだろう。言語野が関わっているのだ。範疇と統語。人工的なシステムとしての言語体系。ルネサンス期に建築制作はそのような言語体系として再編されていた。古典主義へ、新古典主義へ、新々古典主義へというわけで、20世紀初頭に古典主義の文法が再来する。

 ダルムシュタットのベーレンス邸はアール・ヌーヴォー。古典主義の片鱗も見えない。それがすぐに古典主義へと大転換。節操がないようにも見えるが、これがパラダイム転換というもの。ヴィーガント邸の外観、インテリアは、この時代のベーレンスの心境を物語る濃密な造形。いずれ詳細に再検討してみよう。

 音楽は聴覚神経の構造を土台にする芸術。建築は彫刻、絵画、時には音楽を統合する総合芸術。だから脳内でどこを土台にしているかよくわからない。ケルシュは聴覚の実験をもとにして音楽の体系を整理できた。建築はどのような実験をすればよいのか。ただ、言語野の関わるところは、同様の分析ができそうだ。彼の書を読んでいて、そこのあたりは比較的に理解できた。とりあえず、ベーレンス論の糸口が少し見えた。この分析はインターナショナル・スタイルの論に発展できそうだから、20世紀様式論の再検討へと促してくれるだろう。言語芸術論としての20世紀建築芸術。

 そう見れば、他方で表現主義の位置づけがますますクリアになる。言語体系の導入を回避した流れは表現主義へ。タウトは言語化を拒否。文法の破壊からユートピアへ。扁桃体がウェルニケ野を無視した。もちろん建築の実作では、部材の物理的な秩序化に言語体系的な処理を経なければならないから、扁桃体の叫びは、地上に痕跡として残る。馬蹄形ジードルンクは空中写真で見ると表現主義だが、住戸レベルでは合理的な言語的体系を見せる。メンデルスゾーンアインシュタイン塔で言語体系を超越したが、ルッケンヴァルトの工場では表現主義的形態を言語体系化することを覚える。