①サミット会場のホテル建築

 G7サミット会場として予定されているグランドプリンスホテル広島は、広島湾に面する元宇品に、印象的な姿で建っている。広島でスポーツ大会イベントのアジア大会が開催された1994年にプリンスホテル系列の広島での目玉ホテルとして開業したが、広島市都心部の紙屋町交差点からは約6kmのところにあり、ビジネス、観光にはやや便が悪い。しかし高層部からの宮島、江田島など島嶼景観、また広島デルタとその背景の中国山地の山並みを一望にでき、かつ瀬戸内海観光の拠点として、絶好の立地である。

 設計は早稲田大学教授として活躍された建築家池原義郎氏によるものであり、その独特の幾何学的なデザイン手法を味わうことができる。元宇品はそもそも瀬戸内海に浮かぶ宇品島が、明治期に陸続きとなったところであり、その小山型の東南の裾の海辺にホテルが位置している。その23階建て高層の塔型のホテルは山の陰になっているものの東からは遠くからも見えるランドマークとなっている。それはカレイドスコープのようなほぼ正三角形の塔状をなし、モノリスのようにシンプルな幾何学立体を見せる。垂直に立ち上がる三つの平坦な面は、水平線と垂直線を組み合わせた格子状に分節デザインされ、ポスト・モダン期の形態言語を用いているが、そこには単なる機能的デザインとは違ったファサード美の快感が感じ取られる。

 平坦な壁面を縦横線で幾何学的に構成し、比例感覚を催させるデザインは、イタリア・ルネサンスを想い起こさせる。ベースメント、本体部、アティックよりなる古典主義の三層構成という定式をもとに、花崗岩、ガラス、アルミ系金属を用いて理知的でかつ遊び感覚を加えて構成されたファサードは、ルネサンスの眩しい大理石のファサードを現代的なセンスで翻案したかのようである。幾何学立体、ファサードの比例美は、まさにルネサンス建築の明るい、理想主義の建築像を思わせる。ただ、原生林の小山、多島美からなる日本的な風景を背景にして、そのミニマリズム的な幾何学立体、大きく単調な二次元平面といったイタリア的なデザイン感覚、その玄人好みはやや浮いてしまっていると言えるかもしれず、はたして広島市民が愛着を持ててきたかどうか気がかりではある。

 ある最上階の展望室は、三角形のエッジがガラス張りであり、広島湾を眺める極上のスポットであり、先のG7外相会合では60度弱のガラスのエッジの向こうに島嶼風景を背景に入れて記念撮影してあり、今回も同様の映像が残されるのかと想像される。かつてドイツ人をそこに招いたことがあるが、彼はそこから見える、海上に牡蠣筏が整然と並ぶ風景に関心を示したが、名産の牡蠣を含めて、比較的に知られない広島らしい美的快感スポットがそこにある。

 

広島サミットに寄せて

 今年2023年5月、いよいよ広島市を舞台にG7サミットが開催される。世界の首脳が一堂に会して、この時代の世界観が歴史に刻まれることになる。今の世界にはさまざまの課題が山積みであり、サミット自体もグローバリゼーションの成功者によるあるイデオロギー表現ともなっているとして批判する人たちもいる。21世紀の今のありのままの構造をできるだけ客観視しながら、この世界がどのように進化していけるのか、未来への希望を抱きながら、自分なりに分析していきたい。

 広島県東広島市出身の政治家一家岸田家から生まれた総理大臣岸田文雄が、地元広島で開催する広島サミットは、もちろん世界の多くの市民が知る被爆地広島という場所がその開催理由となっている。偶然のことではあるが、核兵器の脅威が改めて首をもたげてきた21世紀のこの時期を思えば、運命的で必然の流れもあったのかとも見える。

 この機会に、都市広島の歴史をさまざまに分析し、考察してきた数十年の知見をもとに、この都市がもつ意味を整理しなおしてみたいと思う。地球環境の時代、人新世という視点が現れた時代、広島市を日本の一都市としてでなく、地球共同体(global community)の一都市として、発信すべきものは何かという視点を開拓する思いを下地にしつつ、個々の個別的なテーマやエピソードを列挙してみよう。

様式転換期の脳内メカニズムが知りたい

 長距離走で高スピードが続くと脳はそれ以上走るなと指令を出すそうだ。行動モニタリングをしている前帯状皮質が脳内の各所からの情報をもとに、一次運動野に対してストップをかける。そのような抑制機能は他の部位にもあるのだろうか。ある様式が過剰に発展するとなぜか突如として発展が止まる。発展過程にも限界認識装置があり、ストップ機能が働くのではないか。芸術創作に関わる脳内の部位に対しても前帯状皮質から神経線維がつながっていたりするとおもしろい。

 成功した様式も、つねに次世代は乗り越えようとし、乗り越えの連鎖が様式発展史をなす。新しい様式の創造、前世代の乗り越えは芸術家の脳内に快感をもたらすだろう。それ以上の発展が可能であるかもしれないが、創造の喜びが脳の報酬系を満足させられない程度であれば、既存のパラダイムからの脱出が起こるだろう。そこに脳内のメカニズムがあるはずだが、よくわからない。もう走り続けるなと言う指令がどこからどこに流されるのか。

 ある様式は脳内で小さな芽をふき、次第に成長し、太い幹と多数の枝葉を形成するだろう。それはニューロンのネットワークとなり、複雑な網をなすだろう。その様式が発展し尽くすと、それが根っこから枯れることになる。新しい世代の脳内でまったく異なる場所に芽がふき、異なるニューロンの網を育てていく。そうであれば単に別のシステムが独立してあるだけになる。両世代の間に挟まった世代の脳は、古いニューロン網を継承しつつ、その取り崩しと、次にどこにどんな芽をふかせるかを見出し、いわば引っ越し作業をするだろう。過渡期の様式というものがそこに形づくられる。これも重要な大仕事である。

 ヴィンケルマンと交流したメングスは、ロココを捨てて新古典主義に転換した。オットー・ヴァグナーはネオ・バロックを捨ててセセッションに移り、モダニズムへの道を指し示した。彼らの脳は前世代から古いニューロン網を教わり、成長させてあったが、自らそれを捨て、別の新しいニューロン網の形成へと進んだ。そこで起こった限界認識、ストップ操作、そしてニューロンの情報の流れを別方向に向ける作業、それらはどのような脳内過程をたどったのだろうか。

 

ミニマリズムの隔離病院を

 シンガポールで見本市会場を感染者収容施設化した光景は印象的だ。展示ブースのようなもので病室がつくられ、ベッドが置かれている。整然と並ぶ病室群はミニマリズム・デザインのように見える。通路にはロボットがしずしずと動き、物品の輸送をしている。中世の教会付属の病院を連想する。壁沿いに整然とベッドが並ぶだけの、シンプルで大きな空間。あるいはデュランの出版した『建築講義要録』に見る病院。今日ではプライバシーのためにかろうじてパーティションで個室化してある。そしてデジタル技術を投入。

 そんなことは先端技術国家の日本でなぜできない。岡江久美子の教訓。なぜ自宅待機ばかりさせられる。ベッド数が足りないからという理由で、次々に死者が出てる。遅い行政は稟議のせいか、政治家に自主性を奪われた行政マンたちのせいか。忖度政治きわまったか。いずれにせよ現場感覚があれば、仮設でも隔離病棟をすぐに作りそうなはず。シンガポールの素早さは世界が一目置いている。ただ外国人労働者たちが置き去りにされているらしいのが気がかり。話がそれてしまった。

 メッセ施設は基本的に何もない大空間。臨機応変パーティションで区切るから何もない方がよい。多目的。パンデミックが数年おきに常態化しそうなら隔離病棟を兼ねるようにデザインしておいてよい。シンガポールで気になるのはブースの天井が抜けていて、個室別の空間管理がしにくいこと。一人の大きな咳が大空間に響き渡るだろう。ならば天井パネルを用意すればよい。できれば壁も天井も遮音。安心感を得るためには華奢な一枚パネルでなく、厚みのあるものに。

 構造体をシステム化して安定させ、また個室の空気は交換できなければいけないからダクト・システムを備える。要求は多くなりそうだが、そんな隔離病棟は絶対に必要になる。ヴェネチアでは孤島が恒久的な隔離病院にしてあった。日本でも結核の隔離病院は常設だった。ハンセン病院の失敗は忘れてはいけないが、正しい科学による隔離病院は必要な時代だ。

 仮設だからミニマリズム感覚がふさわしい。清潔な施設にするためには清掃にも便利に。すべてをフラットに。安っぽいプレハブ建築というのではなく。リューベックの精霊病院は、簡素ながら見事なゴシック装飾とファサード。美しいミニマリズムのデザインが患者の心を癒やすものでなくてはならない。パネル壁は木材の板張りでもよいか。天井板の木目は感性を豊かにさせる。ただし木材に頼るのは安易な修正主義者か表層論者か。

 

対ウィルスの都市計画を考え始めよう

 北京を含め中国各地で、インドで、北イタリアで、その他世界の中枢都市で、大気汚染が突然消えたそうだ。原因は都市封鎖。この調子ではCO2が減り、地球温暖化にブレーキがかかるかもしれない。グレタ・トゥーンベリが突きつけた要求が、Covid-19の大軍勢によって満たされるのかもしれない。気候変動により、いずれ来世紀には大気圏が崩壊し、人類を滅ぼして終わるというシナリオは、意外な形で書き換えられるのか。人類は生存し続けられるのか。Covid-19は世界人口の数パワーポイントを犠牲にしつつも、人類滅亡を止めた救世主と讃えられることになるのだろうか。

 そんな新しい神話、もうひとつのSFエンターテインメント映画を妄想させるほどの事態だ。もちろん現実はそう簡単なシナリオでもないだろうが。確かにCovid-19は現代のグローバル都市文化にパラサイトし、中枢都市群を破壊し、都市ネットワークを麻痺させている。地球環境破壊の根源は、NHK知性派の唱える「欲望の資本主義」だ。グローバリゼーションが生んだ航空機交通の速度と密度こそがパンデミックの基盤。都市経済の強度が20世紀の地球社会を変えた、その特性を、RNAしか持たないミクロン・レベルの半生物ウィルスに乗っかった。

 細胞内に侵入すると生物のように増殖するが、体外では非生物、つまりは物質に過ぎないという半生物。脳さえ持たないそんな輩が、人類の先端文化に巧妙にパラサイトして、寄生先の一部を死に追いやるという悪質なイタズラまがいのことをする。中世の宗教家であれば悪魔が撒いた毒とでも言い、どこかに司令塔があると言うのかもしれない。あるいは人類70億超の人口を超える何千億のウィルスが集団脳をなして計画的に人類を襲っているのかもしれないが、そうであっても今の人間の科学では解明できない。ただ、生物になったり、非生物になったりするミクロン・レベルの何者かでしかない。

 人類の科学は日進月歩。目覚ましい研究でCovid-19をいずれは克服するだろう。しかし遺伝子変異をして再来したり、他の様々のウィルスが次々に人間を襲いそうで、モグラ叩きを続けなければならないのが人類の業となると識者は唱えている。現在の都市はそれに備えられてはいない。清潔な都市を目指して、ルネサンス理想都市論など、人類は都市を合理的な空間システムにしてきた。その最たるものとしてニューヨークのグリッドプランと超高層群の組み合わせになる数学的空間が実現した。そのニューヨークがCovid-19の最大の犠牲者となるということは、合理的都市空間はウィルスの戦略に弱いのか。

 自然発生の有機的な迷路都市の方が強いのか。しかしミラノあたりでは都心ではなく小さな歴史都市が感染爆発している。現代的な計画都市では透明性、開放性が望まれるから都市封鎖も都市を大きく取り巻く壁に仕立て上げなければならない。有機的な都市の方が細かく封鎖ユニットを定めることができそうだ。そもそも中世や近世には市壁を巡らせて都市間戦争に備えたが、近代には国境が戦場になり、都市は市壁を捨てて開放した。いまさらコンパクトな都市封鎖はむずかしい。ただアメリカではgated communityがあって住宅団地封鎖が可能なようだ。ともかく、対ウィルス都市計画の手法は早急に開発し、実現しなければならない。

 街に出るとこには防護服で身を固め、やはり防護服の店員のいるスーパーで買物して帰る。自宅玄関に着替えゾーンがあって慎重に閉じ、消毒剤で滅菌する。招かれた客も同様にする。リビング以下は通常服。ウィルスは街路の地面に落ちているから、集合住宅の1階は居住に使わない。ヒルベルザイマーの高層都市案のように立体的にシステム化した冷たい都市となる。日本では闇市の名残の呑み屋街、ガード下、屋台などに典型的に見られる、密集呑み会こそ楽しみとされてきたが、social distancingしたパーティ形式に変えないとまずいか。飲み食いの集まりの空間も変わらざるを得ないとしたら、そのための広い空間は賃料がかかる。デジタル呑み会が始まったが、密着、密接が生むオキシトシン健康法は満たされず、フラストレーションが溜まる。

 先進国というのに未だに満員電車問題を解決しない、いやあえて言えば経済発展の犠牲者として打ち捨てて解決しようとしない日本の政府。テレワークを言う前に本当は地方分散し、あるいはコンパクトシティを実現して交通量を減らすべきところだった。いずれにせよCO2は削減しなければならない。感染を生む満員電車も即刻解消しなければならない。東京の都市空間はあまりにの非合理。地震災害も膨大になるという、だれもが薄々知っている予測が、ようやく情報開示されるようになったばかり。理論を立てて都市改造しようにも、屈折した私権制限の法律が妨害する。はじめから絶望的なのだが、しかしパンデミックは確実に増えるだろう。人類が野放図の繁栄を欲望する限り。人類は精神文化も進化してきたはずであり、もう一段階、進化の階梯を上りたいものだ。

 

ポスト・コロナの建築様式

 30年も前から唱え始めた120年周期説、さらに一歩前進できる。今を知るには120年前、つまり1900年前後が参照されるべきだ。その頃、アール・ヌーヴォーから新古典主義への転換がある。P.ベーレンスがそれをなしたのだが、それは歴史が生理現象のように、複雑性の極から単純さの極へとカタストロフィを起こすことだった。その転換点はなぜ、どのように起こるのか、理由やメカニズムがわからず、現代論にどう反映させてよいものか戸惑っていた。Covid-19の蔓延がもたらす社会的波紋が教えてくれるものがある。

 「不要不急」は止めるか延期するかだ。社会は「エッセンシャル・ワーク」だけを残して他を停止しよう。道路や広場は無人とし、店はシャッターを閉じて、都市封鎖状態としよう。

 「不要不急」の建築様式、つまりは装飾過多の設計手法を省こう。アール・ヌーヴォーの華麗さは無用。ネオ・バロックの目を刺激する様式も無用。ウィーンの王宮前ミヒャエル広場の華麗なファサード景観にアドルフ・ロースは無装飾建築で応じた、その精神。「エッセンシャル」な部分に限定すると、建築の骨格が露出する。19世紀を席巻したオーナメント装飾の文化、つまり定形の歴史様式装飾のメニューを揃えてステータスの差別化を図るという建築様式は、ノン・エッセンシャル。

 「必要性」の建築論はG.ゼンパーからO.ワグナーに継承され、セセッションの改革となった。「不要不急」排除とは「必要性」限定の論に通じる。かの時代の建築家たちが抱いた改革意思は、今日的に言えば、「表層論」の問題。1980年代頃からのネオ・バロックからネオ・ロココへのスタイルの変遷は、究極の表層建築へと深化した。花開いた後は散るしかない。散った後には太い幹が残る。20世紀初期の新古典主義が、この21世紀にはどう出るか。120年を隔てて。

 P.ベーレンスが華麗なアール・ヌーヴォーを捨てて重厚、厳格な新古典主義に転じたのは心理現象、つまりは脳と身体の生理現象だった。今、コロナが強制的にそれをなそうとしている。かの時代においてコロナに相当する何かがあったのかどうかは知らない。コロナは偶然なのか、悪魔の使いなのかはわからないが、いずれにせよ、建築様式は新古典主義的なものに移行せざるを得ない。「不要不急」を取り払った建築様式へ。

 

 Covid-19蔓延は2019年12月から、まだ4ヶ月であり、特効薬とワクチンが早めに開発されて1年ほどで終息するかもしれないので大げさに歴史を語るのは早計と指弾されるかもしれない。しかし建築様式は確実に、法則に則って変化している。そこに何かの触媒が変化を促すことがあると考えれば、Covid-19はたまたまそれになるのだろう。別の時期であれば別の変化の触媒になったかもしれない。

 この建築様式の変化は相当に大規模な歴史現象になるだろう。20世紀の後半に進行していたことが、ここで終焉し、新しい時代への脱出が起こるからである。ポスト・モダンの始まりはよかったろうが、資本主義のもとで軽薄化し、都市を飾りはしたがフェイクまがいの建築様式に転落、いや見た目には豊穣化した。グローバル都市のファサードを飾る華麗な装飾的建築群は人々を惹きつけ、街に溢れさせた。Covid-19はそこに自らの繁殖場所を見出した。一転して都市空間から人がいなくなった。華麗なファサード、表層デザインの意味がなくなった。人々は室内にこもり、「安全」な居住空間を確保するためにウィルスの侵入できない明確な「壁」を求める。「安全」を確認できるように、「壁」はシンプルでなければならない。「必要性」以外を排除すると「単純」になる。新古典主義の基本原理である。

 18世紀新古典主義ギリシャ神殿を理想モデルとした。20世紀初期の新古典主義もやはり同じで、ロースのドリス式円柱嗜好はよく知られている。とりあえず今もそれが早道を教えてくれそうだが、さてどうなるか。明確な壁、整然とした列柱。そう言えば伊東豊雄はオリンピック・スタジアム案で列柱を提示していたが。枝葉ではない、幹だとすれば、隈研吾案はもう時代遅れになってしまったか。触媒Covid-19の影響は劇的だ。

 

ヴェネチアのウィルス・ショック

 ヴェネチアカーニヴァルが終盤になって中止にしたことは象徴的だ。都市文化を蓄積し、都市の上に都市を重ねてきたことでは一流のヴェネチアが、自ら引き籠もった。都市の華やかさの上に華やかさを積み重ね、爛熟させ、発酵させてきた、その都市が人気のない静けさに覆われている。

 都市とは人が集まる場所、交渉しつつ価値を生み出す場所、商いで得た余剰を散在する祭りを催す場所、そこだけの人間社会文化を造形する場所だ。閉じこもっていては都市ではない。一時的ではあるが、都市が都市たることを捨てた。だが、泣いているだけでは仕方がない。何度もペストの流行を乗り越えてきた。ほとんどが宗教的にだが、あの鳥の嘴のようなマスクで芸術に引っ張り込んでしまった。したたかだし、プリミティブながら科学的。コロナウィルスに対してはどのように芸術化するか。デジタル・アートとなるか。表情がつくるフェイス・コミュニケーションは、フェイス・マスクで零度となる。ただ目だけがかろうじて気持ちを伝える。

 観光客で溢れるヴェネチアは、逆説的な現代都市であり、超高層の林立を拒絶しつつ先端芸術都市としての仕掛けを編み出した。人間的スケールを保ち続けるという仕掛け。祭りで広場に観光客がひしめき、social distancingをなしようがない。祭りとはそもそもsocial gatheringなくして成り立たない。強いいて言えば、無観客ページェントをウェブ中継し、みんなは自室でテレビやネットのディスプレイで参加するしかない。世界中でファンが参加。しかし密着なしにはオキシトシンドーパミンも出ない。視覚情報、音響的情報のみ、つまり一時感覚野で処理した情報のみが直接に情動脳を単線的に刺激する。面白みは劣るが、情報に修飾を加えることはできそうか。

 かつて16世紀のペスト克服を記念して、パラディオがイル・レデントーレ教会堂を設計し、17世紀の流行時にもロンゲーナがサンタ・マリア・デッラ・サルーテ教会堂を設計した。悲劇は芸術を残す。今回はどうするのだろうか。数字ばかりを追いかける近代資本主義社会はそんな余裕を与えるものではないか。感染症を克服するのには科学的な研究に膨大な金を注ぐべきだし、今さら神に祈願するわけにもゆかないか。日本の政府などは毎年膨大な赤字予算を組みながら、感染拡大を防ぐために補償金をつけるのさえけちるといった金銭計算しかできない。世界的なモニュメントとして東京のシンボルになるはずだったザハ・ハディドのスタジアムさえけちり、安価だが目障りの良い化粧建築で代替させてしまった政府だから。教皇のいるイタリア(ヴァチカンも含めて)だから違うだろうか。

 あの人との交流が得意なイタリア的人情が災いして、ウィルスの感染戦術を助けてしまった。新教徒の多いドイツは科学的、合理的で成功しているが、カトリックの伝統文化は脇が甘い。EU不信からナショナリズムが強まりそうだという噂だが、世界に範を垂れるような芸術を残して欲しいと期待する。都市のsocial gatheringを象徴するにはモニュメントを残すのが人間文化だ。外野の勝手なやじみたいだが。